
人流データを活用し移動リスクの発生を高精度にAIで予測する技術を開発
安全・安心な避難に役立つ行動支援サービスの実現に向けて
2025年3月31日
株式会社KDDI総合研究所
KDDI総合研究所は、2025年3月31日、風水害などの災害発生時における早期の行動支援実現に向けて、突発的な混雑や渋滞の移動リスクを高精度に予測する時空間予測技術(以下 本技術)を開発しました。
本技術では、数か月間の人流データを学習させたAI予測モデル(以下 平常時予測モデル)を用いて事象変化を予見・検知します。事象変化を予見すると、予見時点までの直近数時間の人流データを用いてより実効性の高いAI予測モデル(以下 非常時予測モデル)を生成し、その後事象変化を検知すると生成された非常時予測モデルを用いて未来の移動リスクを高精度に予測します。さらに、各AI予測モデルの生成には、時間、分、秒のように時間粒度が異なる人流データを段階的に使用する独自の学習アルゴリズムを適用し、予測精度を向上させました。移動リスクの発生状況の予測精度では、従来の予測手法であるLong Short Term Memory(LSTM)や Gated Recurrent Unit(GRU)(注1)と比較し、平均して約17.5%改善することを確認しました。
時空間予測技術のイメージ図
なお、本技術は、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下 NICT(エヌアイシーティー))の高度通信・放送研究開発委託研究「持続性の高い行動支援のための次世代IoTデータ利活用技術の研究開発」(課題番号227)の一環で開発し、NICTの総合テストベッドData Centric Cloud Service(DCCS)(注2)に実装し、公開しました。今後、自治体等と連携し、本技術を活用した行動支援サービスアプリの開発と実証実験を進め、本技術の実用化を目指します。
【背景】
近年、集中豪雨やゲリラ豪雨、台風による風水害が頻発し、人々の生活に深刻な影響を与えています。これらの災害発生時には、交通機関の運行停止や交通渋滞が発生し、避難場所への移動が遅れるなど人命が危険にさらされる懸念があります。このため、的確な行動を支援する対策が望まれています。
KDDI総合研究所はこれまで、KDDIが提供する携帯電話端末の位置情報に基づく人流データ(注3)をAIで解析し、街中の混雑予測を高度化する研究を続けてきました。混雑予測に使用するAIモデルの生成においては、以下の課題がありました。
・予測する地域で過去に移動リスクとなる事象の発生がなく、人流データが入手できないケースが多い
・一度学習した予測モデルを使い続けると移動リスクの予測精度が落ちる
・1パターンの時間粒度のデータの学習では予測精度に限界がある
【今回の成果】
本技術は、不特定多数の携帯電話端末位置情報の人流データを活用し、突発的な混雑や渋滞の移動リスクを高精度に予測する技術です。
■ 非常時の移動リスクの変化へ追従するアプローチ
広範囲かつ長期的な不特定多数の携帯電話端末の位置情報はデータ量が莫大です。また、予測する地域で過去に移動リスクとなる事象が発生していない場合もあり、AIの学習に活用可能な過去のデータの抽出に大きなコストがかかることが想定されます。このため、本技術では、過去数か月間程度の限られた期間の人流データを活用して予測を行うことを前提としています。
本技術は数か月間の人流データを学習させた平常時予測モデルを用いて事象変化を予見・検知します。例えば、過去4か月間の人流データで学習を行った平常時予測モデルに、直近の4時間分のデータを入力して2時間先までの移動リスクを予測し、15分後の予測値と15分後の実際の結果の突き合わせを行います。
この予測と結果の突き合わせを繰り返し、乖離を検出した場合に事象変化を予見したと見なし非常時予測モデルの生成を開始します。非常時予測モデルの生成には、人流の挙動が平常時とは異なっている可能性が高い直近数時間の人流データを用います。さらに、平常時予測モデルで繰り返し実行している予測と結果の突き合わせにおいて、乖離がより大きくなった場合に非常事態が発生したとして、非常時予測モデルによる移動リスクの予測を開始します。
このようなアプローチを採用することで、過去の類似した移動リスクに関する人流データの有無にかかわらず、事象変化を予見した都度、新たな実効性の高い非常時の予測モデルの生成が可能となりました。
■ 高精度な予測を可能とする学習アルゴリズム
時系列データの予測では、予測対象の時間粒度のデータのみを使って学習することが一般的です。予測対象の時間粒度が細かい場合、このような短期的なデータのみの学習では、長期的な傾向やパターンを捉えることが難しいという課題があります。また、短期的なデータには、異常やランダムな変動を含むことが多く、これらが学習を難しくしています。
今回、新規に考案した学習アルゴリズムでは、時間、分、秒のように時間粒度が異なる人流データを、より長期的な方から段階的に学習させています。これら異なる時間粒度のデータを組み合わせることで、短期的な傾向と長期的な傾向を学習可能となることが期待されます。また長期的なデータを組み合わせることで短期的なデータに含まれる一時的な変動を相殺し、全体の傾向をより正確に捉えることも可能となるため、予測精度の向上が期待されます。
時空間予測の学習アルゴリズム(3段階の時間粒度で学習する例)の概要
(混雑度の地図はOpenStreetMapの地図を加工して作成)
■ 本技術を使った評価検証結果
今回、東京都23区での台風や交通渋滞、電車遅延など異常発生時の混雑度予測を対象とした評価検証を30件行い、全ての評価検証で従来手法に比べて予測精度上回り、平均約17.5%改善(最大47.0%、最小10.8%)しました。
本技術を使った混雑度予測結果
今後は、本技術を活用した行動支援サービスの実証実験を行い、実用化に向けた取り組みを進めていきます。
(注1)LSTM(Long Short Term Memory)とGRU(Gated Recurrent Unit)は、共に再帰型ニューラルネットワーク(RNN:Recurrent Neural Network)の一種で長期的な時間の依存関係を学習するために設計されたモデル。両者の主な違いとして、GRUの方がモデルの構造がシンプルであり、計算コストが低い。再帰型ニューラルネットワークは、時間的な依存関係を持つデータを処理するために設計されたニューラルネットワークの一種で時系列データや自然言語処理など、連続的または順序的なデータを扱うタスクに適している。
(注2)DCCS(Data Centric Cloud Service)
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が提供する総合テストベッドの1つ。多様なデータとそれを活用する機能をWeb APIとして提供。利用者はそれらのデータや機能を活用しアプリケーションやサービスの開発が可能。
(注3)KDDI Location Data
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